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2017-06-05

サイキックマッサージのリーディング体験


瞑想のスペースから行うマッサージ

サイキックマッサージのリーディング

瞑想やスピリチュアルなことに興味はあるものの、いわゆる何かを見たり聞いたり、UFOとかも見たことがないぼくにできるのだろうか

以前から瞑想やスピリチュアルなことには関心を持っていました。しかし、自分のなかにはサイキックな要素をあまり感じていませんでした。いわゆる何かを見たり聞いたり、UFOが現れたりということはありませんでした。むしろ日常的な体験への意識、現実との繋がりが強かったです。それもあって体という現実なものを対象とするボディワークに興味が向きました。

 

サイキックマッサージにはリーディングというものがあります。リーディングするのは受け手の中にある瞑想の質(レゾナンス)、内なる男性性と女性性、加えてその人がパーソナリティとしてまとっているエネルギーです。

 

サイキックマッサージのトレーニングを受けようと思ったとき、サイキックマッサージそのものは興味深いと思いましたが、果たして自分にリーディングができるのかなと思いました。それは能力の有無というよりも、果たしてサイキックな体験が自分に起こるのかという思いです。

 

内側で感じる領域と外側で感じる領域

サイキックマッサージのリーディングには、内側で感じる領域と外側で感じる領域があります。内側で感じる領域はレゾナンスと呼ばれます。

これは海や山、古い樹木を前にしたときの感覚、瞑想の深い人と出会ったときの体験です。このとき自分の内側、心に静けさや落ち着き、豊かな感覚、軽やかさが拡がります。この体験をレゾナンスがある、またはレゾナンスを感じると言います。

外側の領域で感じるものとは、リーディングする人の手の感覚、目の前に浮かぶ映像、どこからか聞こえてくる声など、リーディングする人の外からやってくる何かです。

それらは対象となる人(受け手)がまとったパーソナリティとしてのエネルギーです。このエネルギーはその人が自分の人生を生きるために獲得した人格みたいなものです。

例えば男らしさ、女らしさ、社会的立場、常識といったもので、多くの場合、親や学校、社会の中で身につけたものです。それは必ずしも悪いものでなく、その人が生きるにあたって必要だったものです。

だからといってそのパーソナリティとしてのエネルギーがその人の本質という訳ではありません。それは対人関係のなかで出てきた自分であり、社会的な自分というようなものです。それは生きるための道具であって本来の自分とは別のものです。道具は必要なときもあれば不要なときもあります。

サイキックマッサージのエネルギーリーディングは、まずは手のひらで感じます。それは熱や動きのようなもの、まさにいろいろです。そこから広がるようにして何かを感じます。個人的にはビジョンが見えることが多いです。言葉がふっと浮かんでくることもあります。
それはサイキックマッサージの受け手から感じたものではありますが、それは自分のなかに起きたビジョン、言葉などでもあります。

 

エネルギーは受け手のもの、ビジョンはリーディングした人のもの

このあたりがちょっとややこしいところです。エネルギーそのものは受け手のものですが、エネルギーによって触発されたビションは感じている人(リーディングしている人)のものです

 

そこで次の作業として、ビジョンが示す〝本質〟を見つける(受け取る)ことが必要になります。つまりイメージの翻訳みたいな作業です。。

 

たとえばある人が熱というエネルギーを持っているとき、リーディングでは火を噴く火山というビジョンをみるかもしれません。そこでリーディングの人は、火を噴く火山から熱という本質をみつける必要があるということです。このあたりは個人的な理解なので寛容に受け取ってください。

 

つまりビジョンは包み紙みたいなもので、包み紙のなかに本質がある訳です。表現のなかにある〝本質〟です。

 

サイキックマッサージのトレーニングではこのリーディングを複数の人で行います。一人の受け手を複数の人がリーディングする訳です。するとそれぞれが見るビジョンは違っていても、その本質は共通していることをしばしば経験します。

 

最初のうちは自分の体験が自分勝手の妄想のように思えるのですが、本質を受けとる体験を重ねていくこととで、自分の感覚への信頼が徐々に芽生えてきます。このあたりの学びのプロセスは、サイキックマッサージの場合、とても上手くできていて、段階を経て学びを進め、やがてそのリーディングを活かして実際のサイキックマッサージへと進んでいきます。

 

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